豊玉発句集

豊玉発句集

土方歳三

・差し向かう心は清き水鏡


・露のふる先にのほるや稲の花
・おもしろき夜着の列や今朝の雪
・菜の花のすたれに登る朝日かな
・しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道
・しれば迷いしらねば迷ふ法の道
・裏表なきは君子の扇かな
・水音に添えてききけり川千鳥
・手のひらを硯にやせん春の山
・白牡丹月夜月夜に染めてほし
・願うことあるかも知らす火取虫


・朝茶呑てそちこちすれば霞けり
・春の夜はむつかしからぬ噺かな
・三日月の水の底照る春の雨
・水の北山の南や春の月
・横に行き足跡はなし朝の雪
・人の世のものとは見へぬ桜の花
・我年も花に咲れて尚古し
・年々に折られて梅のすかた哉
・朧ともいはて春立つ年の内
・春の草五色までは覚えけり


・来た人にもらひあくひや春の雨
・咲ふりに寒けは見へず梅の花
・朝雪の盛りを知らす伝馬町
・岡に居て呑むのも今日の花見哉
・梅の花一輪咲てもうめはうめ
・山門を見こして見ゆる春の月
・大切な雪は解けけり松の庭
・二三輪はつ花たけはとりはやす
・玉川に鮎つり来るやひかんかな
・春雨や客を返して客に行


・暖かなかき根のそはやいかとほり
・今日もきょうたこのうなりや夕けせん
・うくひすやはたきの音もつひやめる
・武蔵野やつよふ出て来る花見酒
・梅の花咲るしたけにさいてちる
・(井伊公)ふりなからきゆる雪あり上巳こそ
・年礼に出て行空やとんひたこ
・春ははるきのふの雪も今日は解
・公用に出て行みちや春の月
・あはら屋に寝て居てさむし春の月

以上41首

「しれば迷い……」の歌を、「線で消してある」と書いてある小説をそのまま鵜呑みにしている方が多いようだが、実際は「消して」はいず、「丸で囲んで」いるのである。


歳三の義兄(歳三の実姉のぶの夫)佐藤彦五郎の句


勇(の死)を悼みて
鬼百合や花なき夏を散りいそく

歳三へ(歳三の死を悼みて)
待つ甲斐もなくて消えけり梅雨の月