姫路市:亀山亀山本徳寺の現在の本堂は、京都西本願寺の「北集会所」を明治六年に移築したものである。
その証拠に、煉瓦には、西本願寺阿弥陀堂と同じ寄進銘が記され、床板の裏には、本願寺名が書かれた床材が使われている。
「北集会所」と言えば、一時期、新選組の屯所であったことは有名。
そう、現在のこの本徳寺の本堂は、まさに、新選組が、元治二年(1865)3月頃から慶応三年(1867)6月頃までの約二年間、屯所として使っていた建物そのものなのである。
本堂北面の廊下の二本の柱に、新選組の面々が残したと思われる刀傷が、そのまま残っている。(写真上、左上)
また、西本願寺の仮屯所のあと、不動堂村に大名屋敷のような屯所を建築したのだが、この建物の一部も、本徳寺の集会所の一部に使われているという話もある。(未確認)